以前から何度も「協調性バイアス/正常性バイアス」について言及してきました。簡単に言うと、なんらかの緊急事態が発生したとき、ひとりで遭遇した場合は逃げたり対処をしたりするのに、大人数で、しかも対処に消極的な人々に囲まれるて遭遇すると、何も行動を起こさないという心理状態。それに似たことで、先日ある雑記で「社会的証明の原理」という言葉を知りました。その原理は「他人が何を正しいと考えているかに基づき、物事が正しいかどうかを判断する」というもの。そしてそれは「状況が不確かであるとき」に機能し、他者の行動を手がかりにするとき、その他者が自分と似ていると思う場合にとりわけ模倣しがちなのだとか。このことは今の現状に多く当てはまる気がします。
原発事故が史上最悪のメルトスルーまでいった上に、状況がずっと不確かであるという恐怖の中でも、例えば「放射能は大したことない」というスタンスの人ばかりが周りにいれば「そうだよな、まだ平気だろう」と危機感を薄める人が大半であり、逆に「放射能は危険」と情報集めに熱心な人は、Twitter のタイムラインには放射線量と内部被曝の情報がずらっと並び、毎日意識の高いひとたち同士で情報交換をして、安全な食材や疎開候補地を探すのが日課なわけです。不安な中で、どんなスタンスのひとも確実性を求めて(でも確実なものは探しても存在せず)「そうだよね?これでいいんだよね?」の社会的証明を強めることしかできていない。原発の賛否もある意味そうです。
前出の雑記を書かれた方は、これは心理的な影響の話であって、何が正しいということではなく、こういう影響があることをわかっておけば、自分と相反する主張をするひととぶつかってもやり取りが建設的になるかもしれない、と結んでいました。これはとても大事なこと。大きな流れに声をあげられないひとの弱いところや習性を認めてあげて、話し合う。だけど、今の現実に当てはめたとき(放射能への懸念の問題にしても原発の問題にしても)「危機感を持っている側の人間(わたし自身)」としては、他人の心理状態まで考慮する余裕はなくなってきています。それは、呑気に「社会的証明」やら「協調性バイアス」に埋もれてしまったならば、結果、犠牲になるものが子どもの命や健康だったりするから。ちんたらしてたら被曝する!というのもあります。時間があるなら別だけれど。
自分の家族や友人以外の人たちだって本当は助けたい。そこを目指すのであれば、まさにこの「社会的証明」を使って、マジョリティを「脱原発派」「放射能は危険と認識する派」にさせるしかないわけです。安全 / 危険は水掛け論なところもあるので、その判断を強要するのではなく、やはりニュートラルな情報を多く提供していくということがひとつ(それなりに情報を得たらフツウは原発も放射能も No なはずなんだが・・・)、そしてポツポツと「私も実は心配だった」と立ったひとたちを繋げてネットワークを広げていく。隣の友人から、自治体、県、そして国の規模へ。「大丈夫、こっちの道であってる」と励まし合いながら。あと、その最初の立ち上がる前の段階で「他者が自分と似ていると思う場合にとりわけ模倣しがち」という特徴を考えると、プロ市民とか左寄りの方々でなく、フツウのお母さんや学生などが「動いている」ことを知らせることがより多くの同様の層を動かすことになります。で、その声をあげていることを可視化するためには、ネット上で声をあげるのもいいけど、やはりデモとかリアルでのアピールも必要なのかなと思い直すわけです。
311 から 3ヶ月目のおととい土曜日、全国各地で原発反対のデモやアクションがありました。わたしは子連れで代々木のエネルギーシフトパレードに行ってから、夜、新宿東口の集結場所に行きました。代々木はピースフルな感じだったけど、新宿はその土地柄のカラーもあってか、熱くストレートで泥臭いモノクロ写真な感じでした。おそらく数千人単位のものすごい人数でした。警官の配備が尋常でない数で(ここにこんだけ投入するなら凶悪犯罪者検挙しろと思ったけど)それに反応してか、学生運動の夜を思い出しちゃった風のアドレナリン出てるおっさんあり、歌い踊る若者あり、古参アクティビストあり、右あり左あり、欽ちゃんの仮装大賞かと見まがう大規模コスプレあり、音や叫びも乱れ飛び、なんでもありのるつぼと化していました。新宿だけでもかなりの盛り上がりと人数だったし、お母さんたちが地元でオーガナイズしたような集まりお散歩会みたいのもあったみたいです。意味は必ずある。全国でも集約すればものすごい同時多発アクションだったはずなのだけど、やはりマスメディアの反応は冷ややかなものでした。
そう、余談ですが、その新宿の喧騒の中でテレビ朝日のインタビューを受けた件。「デモ参加は何回目ですか?」「今日はお子さんとご一緒ですかぁ」などとしょーもない質問をしたあと、最後に「街がいつもと違って、騒がしくて、警察なんかも多くて、混乱してる感じはどう思われます〜?」と誘導質問があった。「うるさいしちょっと迷惑ですよね」の回答を期待したと思われる。思いっきり STOP PLUTONIUM TERROR と書かれた Tシャツきてるやつ(わたし)に聞いてんだもん、期待されても困る。こんなときに浅いジャーナリズムやってんなよ、と本当に腹が立ったけれど、とりあえず「もっとやればいいと思いますけど。日本人おとなしすぎると思うんですよね、もっとこういった動きがあって当然かと。その辺は警察の方にも協力してもらって・・・」などと答える。帰りの電車で、デモを過激なものと印象づけようとするマスコミや警察を皮肉ったことを言ってやればよかったと激しく後悔。「わかってたけれど、テレビの浅さを体験+確信した」とツィート報告したら「それオンエアされませんね」と誰かに返される・・・オンエアされたら驚き。下請けの制作会社だろうけど、あんなテレビ通販の売り子みたいな愛想を振りまく安いインタビュアーが報道の一部を担ってるんだね、それにも驚き。
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