自分はお世話になったことはないけれど、空港で "lost and found" を見かけるたびに、英語ってシンプルだなと頷いてしまう。「遺失物取扱所」と言われるよりなんだか lost and found だと、なくしちゃったけど見つかる感じもしませんか。

人間は忘却の生き物です。忘れないと新しいことを覚えられないという許容量の問題だけでなく、意図して忘れ去りたいことも多い。忘れたくない、忘れてはいけないこともたくさんある。ここは忘れっぽい自身の日々の「公共備忘録」です。また、立ち寄ってくれた方たちがここで何か発見をして、喜んだり怒ったり哀しんだり笑ったりしてもらえれば幸いです。

《 NOTICE 》ちなみに今はもっぱら脱原発ブログとして展開中であります

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2012/05/07

Fair Trade, Fair Energy!

昨日につづき、もうひとつ、Tシャツのお知らせ。

先日、フェアトレードPeople Tree と国際環境 NGO のグリーンピースのコラボ Tシャツをデザインさせてもらいました。ただ今発売中です!

この企画は、People Tree がグリーンピースが提唱する「自然エネルギー革命シナリオ」に賛同して実現したもの。自然エネルギーへのシフトと節電などのエネルギー効率化によって、原発を止めても電力をまかなうことが可能な社会にしようと呼びかけるための 2つのメッセージ "Fair Trade, Fair Energy" / "Nuclear Free Japan" がついたオーガニックコットンTシャツです。原発のように一部の地域(の人々の生活と労働環境)に危険を押しつけない自然エネルギーは、公平なエネルギーといえます。地球環境にとっても負荷が少なく、そういった意味で次世代と今のわたしたちの関係性を考えても、サステナブル(持続可能)な自然エネルギーは Fair Energy! (オレンジの方:風車と手紡ぎの糸車(フェアトレードの象徴ともいえるカディ)のモチーフ)。もうひとつ、グリーンの Nuclear Free Japan の方はまさに2日前に達成した、原発依存からの脱却(解放)、原発ゼロになったぜ日本!!そしてそれはわたしたちの手によって達成されたものだぞ!ということで、みんなでコンセント引っこ抜くの図。描いたあとに、「あ、これ日本列島の形になってるな・・・しかも(最後に止まった)泊原発のある北海道部分にコンセントの穴がっ!」という衝撃の偶然!これはもう最初からそう意図してたんですよ、と言っちゃうしかない。と・・・そんな感じでできております。

この Tシャツ(ユニセックス XS 〜 L サイズ)は 5月12日の世界フェアトレードデーを中心に今月のフェアトレード月間中、販売されます(ご購入はこちらから ☞ People Tree オンラインショップ:グリーン Nuclear Free Japanオレンジ Fair Trade, Fair Energy 、または直営店でも)。価格は 1500円で、インドのオーガニックコットン 100% 。耳の不自由な女性や貧困家庭の女性に雇用を提供しているフェアトレード生産者団体「アシシ・ガーメンツ」で縫製されたものです。

フェアトレードは衣料や雑貨などの工芸品だけでなく食品などでも徐々に一般的になってきましたが、People Tree は国内でフェアトレードの先がけともいえる存在(日本だけでなく UK でも展開)で、クオリティだけでなくファッションとしてのデザインも優れているので、10年ほど前から好んでよく購入していました。以前オーガニックコットンの赤ちゃん用ビブのデザインコンペでも最終選考に選んでいただいたり、以前からもろもろつながりがあったので、今回のご縁は嬉しい限りでした。

ちなみにですが、密かに(って言っちゃったらもう密かでないんだけど)Nuclear Free Japan の「ひとびとの手」はベン・シャーンへのオマージュです。わたくしなんぞが僭越ながら。水爆実験で被曝した第五福竜丸についての絵本「ここが家だ」の挿絵で有名なベン・シャーン。今年のはじめに神奈川県立近代美術館で大規模な回顧展「ベン・シャーン/クロスメディア・アーティスト」があり、見てきました(このこともずっと書きたかったのだけど書けずに5月だよ。近いうちにまとめたい・・・)。社会問題を提起する作品をつくり続け「社会派リアリズムの画家」と呼ばれた彼の描く「手」。それは人々のプロテストの象徴としての力強さだったり、人間の弱さだったり、理不尽な世界への怒りや哀しみだったり、人への優しさだったりします。今回の、コンセントを引き抜く手たちには、そこまでの感情は含められなかったけれど、とにかくみんなで原子力の電気との決別を果たした(果たす)のだということが表現できればと思いました。
(ベン・シャーンの「手」たち)

関連リンク:
(グリーンピース・ジャパンのプレスリリース)

原発ゼロの日がきた

昨晩(5月5日)夜11時過ぎに北海道の泊原発3号基が定期検査のために停止し、国内で稼働している原発はひとつもなくなりました。ひとまず祝。

昨日は、5.5原発ゼロ「さようなら原発1000万人アクション」の集会とパレードが芝公園であり、約5000人が集まりました(参考:ワシントンポストが報じた写真)。行きたかったけれど、あまりの青空と暖かい日差しの晴天に、洗濯物をしてまったりしていたらあっという間にお昼過ぎ。子どもの日だけに、今日は子どもとゆっくりのんびり過ごすのもいいか(「原発ゼロかぁ」としみじみ味わいながら!)と思い、サンドイッチをつくって近くの公園へ。若葉やありんこを眺めたり、なんとも平和な午後を満喫してみました。泊原発が止まる夜中に向けてのカウントダウンパーティーも夕方に都内でいくつか行われていたようで、これも気になっていたのだけど、公園の帰りにコンビニで東京新聞*を買って家路に。(*昨年半ば頃から東京新聞は脱原発支持に論調を固め、一貫して真っ当な記事を書いてくれています。対して朝日と毎日はどっちつかずだけれどまだよい方で、産経、日経、読売は原発推進にもなれない "対抗馬としての役割を果たすべく「反・反原発と構える俺ら」アピール記事" みたいな・・・稚拙すぎてよくわかりません。)


この記念すべき東京新聞をじっくり読んだあとは(昨日宣言したとおり)これで「原発ゼロかぶと」を折ってみた。これを持っていざ、今日は脱原発杉並の原発ゼロ祝賀デモへ。

しかしながら、有象無象のマーチングバンドとピエロが躍り出たデモ出発のそのときに、天気が一転!大粒のスコールのような雨が振り出し、かぶとは一気にヨレヨレに(しょぼーん)。雨具もなく(あっても雨具が役立たないほどの雨だったけど)濡れた肩から寒さがじわじわと・・・それでも雨宿りを繰り返しながら、子どもをひっぱりつつ雨の弱まった間に歩きました。一時、ゲリラ豪雨みたいな数分があったかと思うと、小指の先ほどのひょうが地面や壁を叩きつけ始め「ここは一体どこなん?!」。ある意味、思い出深いデモにはなったけども。(ちなみに、都内では小さなひょうでしたが、今日竜巻の被害もあった茨城の方ではゴルフボール大のひょうが降ったとか。天変地異な感じですね・・・原発止まったから?)

さてさて。電気足りなくなるぞ!の電力会社側の言い値(ウソ)での脅しや、経済停滞すんぞ!の柔軟性のない保守な価値観(解決策の前に「ただ今まで通り」を保持したい or 利権)や、停電して自宅で医療機器使ってる方たちが死ぬぞ!の極論(これまた解決策を「原発を動かす」のみに設定して)などなど、どーしても再稼働させたい派は一旦ちょっと置いといて。この原発ゼロの祝賀に対して、原発は予定通りただ定期検査で止まったんだ(おまえらが止めたんじゃない)とか、止まったって危険性は変わらないだろうとか、言う方たちもいます。そう、原発が止まったのは自らのトラブル、事故や、定期検査によるものです。だけども、その検査が終わってすぐに動かされようとしていた炉もありましたが、「安全性を懸念する声」によって流れました。何を隠そう、その声は、それを阻止した圧力は、わたしたち市民によるものです。311以降の14ヶ月間、止むことなく日本全国のどこかで毎週行われていたデモや抗議行動によるものだと、わたしは思います。

再稼働をすすめる動きはこれからが本格化していきます。わたしたちも気を緩めてはいません。決意を新たに。日本中(ついには世界中)の原発が、一時的にでなく永遠にゼロになる日を目指して。「子どもの日」は、子どもたちのために大人たちが何ができるかを考える日なのかもしれません。少なくとも、今年の子どもの日はそうだったかな(だといいな)。

*おまけ* この記念日にと、Tシャツをつくって子どもにプレゼントしました(脱原発 no nukes 仕様パタゴニア風)。さっそく雨でびしょ濡れになっちゃったけどね。
原画 ↓
【 5/8 追記 】
龍やら巨大グリーン鯉のぼりやら、有象無象いろいろ入り乱れてました。杉並デモの写真(1)写真ルポ【祝!原発ゼロ 脱原発杉並+原発やめろデモ】(2)脱原発スモールアクション)。

2012/05/02

原発ゼロの日がくる

先週の日曜日、4/29 に 反原発 twitter デモがいつもの渋谷であり、子どもと行きました。何回目のデモだったのだろう。もう忘れちゃったな。twitter デモはその日で一周年だったようで、もんじゅくんも飛び入り参加して(!)1000人超。いつものように、ただただ一心に「原発いらない/やめよう」とコールをあげる強さのあるデモでした。それに加えて「あと1基!(で国内の稼働原発ゼロ)」のコールも。この、あと数日で稼働原発がゼロになるというタイミングもあってか(プラス、twitter デモがこれから少しだけお休みになるというような話もちらっと聞いたのでそれもあるのか)いつも以上にスピリットの感じられる、響くデモだったように思います。うちの子もなんだかいつもにないほど声を張りあげていました・・・「さいかど〜う はんたいっ」。

( ↓ あ、これ、もんじゅくん。大人気。)

5月5日のこどもの日に、北海道の泊原発3号基が定期検査で停止し、国内 50基(54基でしたが福島の4基が正式に廃炉となったため)すべての原発が止まります。ゼロにならなくても、1基しか動いていない今現在でも、原発がなくても電気が足りてしまっていることは明らかになっているわけですが、それが決定的になります。実に 46年ぶりに、日本でひとつも原発が動いていない日が来ます。46年間も原発漬けだった、わたしたち。国内外にあれだけの犠牲を出した(出している)世界的な大事故にならなければ、止められることができなかった原発。本当は 1999年の東海村JCO臨界事故でだって脱原発に舵を切ってもいいくらいの凄惨な事故だったし、その前後にもたくさん中小の事故がコンスタントにあってそれを電力会社が隠蔽していたことだって報道されていたのに、忘れたり見過ごして追求を放棄してきた大人たち・・・。象徴的に、未来を担う子どもたちのための「こどもの日」に、原発がゼロになります。その脱原発に象徴的な日となることを避けようと、先月福井県の大飯原発の再稼働が拙速に粛々と進められていましたが、市民の猛抗議もあり、5月5日前に押し通されることはありませんでした(時期がズレただけで、まだ油断はまったくならないのだけど)。

そう、一時的に一度ゼロとなっても安全を軽視した "再稼働ありき" の再稼働の強行は今後もあるわけで、まだゴールも遠いのですが、一回祝っとこ!もう再稼働なんて言わせないくらい大げさに祝っとこ!みんなに原発ゼロを知らしめよう!という「祝!原発ゼロ パレード」が 5月6日に杉並であります。前回 2月のデモも、有象無象と名乗るだけあって、カオスとはじけ方が尋常でなかった杉並デモ。期待できそうです。
「この 1年間、怒りに満ちたデモがたくさんあった。政府や電力会社に要求を突きつける抗議行動もたくさんあった。このすがすがしい原発ゼロ!を、そんな数多くのデモや行動も成果とみなしてもいいんじゃないか。その喜びをみんなでいっしょに歩いて分かち合いたい -(略)全50基を廃炉に追い込むまで、しぶとく、しつこく訴え続けていかなければなりません。この喜びの日は、新たな決意の日でもあるのです。」(脱原発杉並デモ呼びかけ文より)
合意!さすがわたしが10年住んだ第二の故郷(勝手に)杉並やね。さすが民権運動盛んなリベラル中央線カルチャー。すてき。わたしは好きです(断言)。行きます。

5月5日の当日にも「さようなら原発 1000万人アクション」の方でイベントとパレードがあります。こちらは芝公園から。こどもの日ということで、緑の鯉のぼりがモチーフ/デモに持っていくアイテムのひとつになっています。これもよいのだけど、個人的に考えたのは「脱原発かぶと」はどうかなと。あの、新聞で折る大型かぶと。脱原発の論調の東京新聞でゼヒ折るべし。

ちなみに、先日の twitter デモの前に(同日に同じ代々木エリアで)レインボープライド(LGBTパレード)があってそれにもサポートのために(見学だけだけど)出向きました。少し小規模だった気がするけど盛り上がってた!そこで勢いもらって次のデモへ。うちの子はたぶんサーカスか何かだと思ってたかも・・・連れ回してしまいましたが、ま、この日は多様性と市民運動の社会勉強ということで。さすがにデモはしごは夜には母子ともにぐったりでした。よく歩いた!

さ、5日まで、カウントダウンです。

2012/04/18

本の挿絵をかきました

原発再稼働あれこれも書きたいのですが、今日はめずらしく仕事の PR です。脱原発関連でつながった合同出版の編集者の方から、昨年の暮れに本の挿絵のお仕事の依頼を受けました。自分はちょこっとしたものなら描くけれどイラストレーターではないので、少し戸惑ったのですが・・・必死こいてやりました。その本が先日発売されたので、紹介させてください。(注:表紙は装幀をされた別の方が描かれたものです)

 移住労働者と連帯する全国ネットワーク(編)
移住者というのは当然ながら、日本で暮らす外国人のことです。帯とカバーには「いま、日本には多くの移住者が、さまざまな形で暮らしています。しかしその姿は、日本人=マジョリティの側からは、あまり見えないかもしれません。しかしそれは、実際には「見ようとしていない」だけかもしれません。(略)私たちの「見ようとしていない」姿勢が、日本で日常を送っている移住者にとって生きにくい社会をつくっているのではないか。」「(略)この本を読めば、移住者の人たちが日本で暮らしていて何が問題なのかを知れ、どうすればもっと魅力にあふれた移民社会にできるかがよくわかります。」とあります。ここは日本なんだから文句言わんと生きにくけりゃ自分の国帰れや!とちょっとイデオロギーのあるおじさまにすごまれるかもしれませんが、日本の経済の一部は外国人労働者に支えられていて、ごそっと帰国されるようなことがあれば困るほど彼らがその一端を担っていることは事実。そのことがなくったって、国籍が違えども同じ人間なのに、差別意識のようなものが潜在的に日本人の中に多くあるのは、国々が地続きで移民の行き来が多かったヨーロッパなどに比べて日本が島国であることに関連しているのかもしれません。ともあれ、日本は間違いなく多民族社会になりつつあり、今さら鎖国時代には戻れないわけですから、未来のためにきちんと向き合わなければならないトピックです。

自分自身も夫が外国人なので、日本は外国人が暮らしにくい国であること(家族が日本人でなければさらに厳しいであろうこと)を知っていたつもりでしたが、この本を通して、知らなかった知るべき(とわたしは思う)現実や課題を多く知りました。とても充実した内容です。

:: :目次 :::
第1章 日本社会で生きる移住者の現実
第2章 日本社会のなかで「移民」はどう変わったか
第3章 移住者の悩みと願い
第4章 移住社会をつくるためのしくみ
第5章 移住者と一緒に理解し、行動してみよう

書店などで見かけましたら、内容ともどもゼヒ目を通してみてください!

ちなみにこの "30の方法" は社会を変える本としてシリーズになっていて、他に「世界から貧しさをなくす 30の方法」「戦争をしなくてすむ世界をつくる 30の方法」「人権で世界を変える 30の方法」「おカネで世界を変える 30の方法」などがあり、難しいと思われがちなテーマをくだいて優しく解説してくれています。また、今このタイミングで(同じく合同出版さんから)発売されている「原発を再稼働させてはいけない4つの理由」というブックレットもわかりやすくておすすめです。

イラストの話しに戻りますが、本の挿絵というのは(小説でもこういったノンフィクションのものでも何でもそうだと推測しますが)絵を描くことそのものよりも、内容からどのシーンをピックアップして、具体的になりすぎずに抽象寄りに表現するかがとても難しかったです。「あまりキッチリ描いた絵は、教科書っぽくなるので避けたい」という指示もあり、根がマジメなので(いやいや、ほんとに)キッチリさを崩すべく子どものおえかき帳をガン見する日々・・・締め切り日にはヘロヘロでした・・・。

(以下、挿絵の一部、お披露目デス)

2012/03/31

go green


3月も終わり。はやいなぁ。

今日は春の嵐。東京は朝からものすごい強風です。少しだけ高台になっている場所にある我が家は特に風のあたりが強く、常々ベランダにマイクロ風車でも取りつけたらかなりの発電してくれるんじゃないかと思って(本気で)検討しているのだけど。でも今日ほどの強風ならマイクロ風車そのものが吹き飛ぶんじゃないかという恐れも・・・。

ずっと前(もう8年くらい前かなぁ)にエルガ/ソーラーネットの桜井さんからソーラーパネルを一枚買って、独立系のインバーターを通して充電とかに細々と使っていたんだけど、2度目に買い替えた蓄電池(カーバッテリー)が切れてからしばらく放置状態になってしまっている。今こそ非常用電源として起動させておくべきなんだけど、国外に越す話もあるので今いち踏み切れないまま。今の家にずっといるなら絶対に発電源にマイクロ風車も加えて組み合わせてインストールしたいなぁ。屋根一面に取り付ければ、家のコンセントにつくった電気を流したり余った分を電力会社へ売電できたりしていいのですが、コスト的に/物理的に集合住宅で無理という人もベランダでちょこっと発電できます(その場合、日常的にそこから電力を賄うというより、ほんの少し補う+非常用電源のためにという感覚です)。うちも集合住宅なので、屋根ソーラーは難しいのだけど、少しでも東電からの電気を買わないために、アンペア下げたり、節電したり、ソーラーランプを使ったり、電気料金の自動引き落としをやめてギリまで払わないとか、ちまちまやっています。いつの日か(その日は近づいていると思うけど)電力会社を選べるようになるまで、しのぎたいと思います。

エルガの桜井さんはずっとずっと長いこと脱原発/自然エネルギー普及に務めてこられた NGO/自然エネルギー屋さんです。以前、仕事の関係で出会い、そのときはじめて「自然エネルギーの普及」という具体的なアプローチで脱原発を目指している方々がいることを知りました。その10年近く前にソーラーパネルを買ったときも、取り付け説明書に『原発の汚い電気を使わないために』と書いてありました。桜井さんは、国内での普及とともに東南アジアなどの途上国の電気がまともに通っていない地域などに「ソーラー発電の作り方/使い方」を伝授して資金援助をするプロジェクトに 90年代から取り組まれています。エルガのホームページでは「自然エネルギーは、人任せになった生活を自分たちの手で取り戻す道具」と定義しています。システムを組む「技術」を輸出して、材料の調達さえアシストすれば、自分たちの手で電気はつくれるのです。貧困の解消に食料や衣料をどかんと与えるのではなくて、働き口をつくり、働く術を教育するのと似ています。未電化地域と比べて考えると、原発事故などは電力を人任せにしすぎた結果。ソーラー発電などは、確かに電気系統などの知識は多少は入りますが、知るとそこまで複雑で特殊なことではないことがわかります。ソーラーは確かに高額なものですが、需要が増え供給量が増えればどんどん価格は下がっていきます(これまでも下がってきています)。

被災地を自然エネルギーで支援する「つながり・ぬくもりプロジェクト」も、エルガやレクスタ(自然エネルギー事業協同組合)の皆さんと ISEP(環境エネルギー政策研究所)が中心となって行われています。インフラが断たれた震災直後は温水や電力の提供を緊急支援し、今は自然エネルギーが復興の柱となるように被災地の雇用創出にまで繋げています。前回の投稿で、熱くひとりブックレビューをしてしまった「ふんばろう東日本支援プロジェクト」もそうですが、プロジェクト目標が具体的であればあるほど効果的な結果が生まれるんですね(当たり前だけれど)。サポートする側もサポートしたくなる。目標が大きすぎるときには、いくつかの小目標をその都度クリアしていくようフェーズ分けした方がいい。そんな理屈は置いといても、とにかくこの「つながり・ぬくもりプロジェクト」は(紹介が1年も遅れてしまいましたが)個人的に応援しています。

なぜ、今この話を思い出したかというと(ちょっとばかし飛ぶけど)脱原発ポスター展という脱原発ポスターのデザインを誰でも投稿できる(そしてご自由に印刷してデモなどでプラカードとして使ってね、という趣旨の)プロジェクトがあるのですが、そこへ昨年提供した "go green" のデザインが、今年の 1月にあった脱原発世界会議に向けて缶バッジをつくるので使わせてもらえませんか?とポスター展の事務局からお尋ねがあり(脱原発会議でもできあがったものを直接頂いていたのですが)今回少し余ったので作者さんへ、ということで、数週間前にたくさん送られてきたので・・・それがきっかけでした。ちなみにこの go green の信号機は「でんきのこれから」リーフレット(初版)の中で使っていたモチーフです。

関連:

2012/03/20

「すんごい仕組み」より抜粋

このひとつ前の投稿で紹介した「人を助けるすんごい仕組み」という本の中から、忘れたくないポイントの書きおこし(超個人的備忘録)です。

◆ 結局は「どう生きるか」という問題
「この悲惨な出来事を肯定することは決してできないけれども、あの出来事があったからこんなふうになれたのだ、と思うことはできる。それが僕らの目指すべき未来なのだ。(略)起きた出来事は変えられないが、出来事の意味は事後的に決まる。」

◆ リミッターを外すしかない
「すべてを失っても前を向こうとしている人がいる。何も失っていない僕らがやる気になれば、何だってできるはずだ(略)未曾有の事態には、未曾有の自分になるしかない。」
「構造構成主義の「方法の原理」によれば、方法の有効性は(1)状況と(2)目的に応じて決まる。そのための有効な方法がなければ、つくればいいのである。」
「最初に『このやり方じゃ無理だな』とか『ラチがあかないな』と直感したことはやりませんが、基本的な方向性として『いける』と確信したら『できるかどうか』という問いは立てません。『無理だ』とか言ってあきらめることは、いつだってできます。だから、それは最後の最後でいいんです。」

◆ 行政の壁、前例主義と取引コスト
「(行政は)断るという結論が先にあって、そのための理由をいろいろとつけているだけだったり、各部署をたらい回しにすることで話が一向に進まない --- なぜそのようなことが起こるのだろうか?(略)(行政が何かをするとなると)「責任」が生じる。前例があれば、何か問題が起きても「前例に従ったまでです」と前例のせいにできるが、ない場合は新たな仕組みを導入した当人までが責任を負うことになる。それを回避するために、前例がないから、と言って拒否することになる。 --- こうして「前例主義」が組織を蝕んでいく。(略)行政や大企業のような保守的になりがちな組織においては(新しい試みについて)周囲の人を説得するための「取引コスト」は膨大なものになる。他方で、新たな試みをしなければ、そうしたコストはかからない。リスクも責任も生じない。そのため、実現する努力をすることなく、やらない理由を探すことになる。

◆ 全員を公平に不幸にする「公平主義」
「有事においては「公平」が方法概念であることを忘れ、それ自体の遵守にとらわれることで、すべてを失った被災者をさらに苦しめることになった。それはこれまでの慣例とその成功体験、そして不公平な扱いに対して過度に敏感な市民からのクレームによって、行政は公平主義に染まってしまったため、と考えられる。(略)そもそも本来の行政の共通の目的は何かと問えば、それは市民を幸せにすることのはずだ。」

◆ 横のラインが社会を変える
(ツイッターについて)「政治って結局世の中を動かすことで、いままでは縦のピラミッドの上の人がパワーで動かすという図式だったと思うんですが、今回初めて横のラインでつながった(略)政治家の人もツイッターに入っている限り、そこでの話題や自分宛の言及(メンション)は気にせざるをえないということ。布のは端切れをもってしまったようなもので、影響を受けざるをえない。これはある意味で直接民主主義に近い形」
「例えば、原発を推進しようという人には絶対に票を入れないようにしよう!と大々的にキャンペーンを打つことで、原発推進なんて用意には言えなくなる。東電は上からのパワーでコントロールしてきたわけですが、横がつながって "市民意思機能体" として違う軸でのパワーを持てば、それにコントロールされることなく、市民が本当に考えていることを実現できる。」「2011年1月以降に、中東や北アフリカで革命が起きたのはおそらく偶然ではない。ツイッターとフェイスブックが統制不可能な横のラインをつなぐインフラとなり、難攻不落の独裁国家がひっくり返ったのである。(略)状況が違えば、いままで有効ではなかった「一人ひとりが声をあげる」という方法が有効になることもある。今までは声をあげても無駄だったかもしれないが、状況が変わったと言っていいだろう。」
「一銭のお金も動いていないのに、みんなが、なんとかしたいという気持ちで動いている」

◆ 強い意志の継承 --- 腐敗した組織に対抗する唯一の希望
「理想主義から入ると、それが崩れたときに、その反動で懐疑論やニヒリズムに陥ってしまうからです。人間も社会も完璧になるということはありえませんから、理想主義はいつか崩れます。だからニーチェは、いわば戦略的ニヒリズムという考えを打ち出します。あえて真理も完全な社会もないというニヒリズムを出発点とすることで、それでもいまよりはマシにすることはできる、といった形で、最終的にニヒリズムに回収されないようにしたわけです。時間を止めて固定的に考えると、一人ひとりの力はあまりに小さく無意味なように感じてしまいますが、時間というファクターを入れて考えるとそんなことはないとわかります。僕らですべてを完成させる必要はないんです。(略)僕らが少しでも進めておけば、そこを出発点として、子どもたちが、次の世代がさらに進めてくれる。」

◆ 5% にこだわらず、95% のところで迅速に動く
「税金も使っていなければ、給料ももらえない、守るものなんて、ないんですね。被災者支援のプロジェクトなのに、ごく一部の批判を気にして、助けられるたくさんの人たちへの支援をやめてしまったら、某行政と同じになる。(略)どんなことをしていても批判をする人はいますし、失敗する可能性もある。だから、常に完璧を目指すのではなく『5% は大目に見よう』と。」
「人間は 95% の人が賞賛してくれても、5人批判する人がいると、批判する人の意見にフォーカスし、20倍くらいの重みづけをしてしまう。そうすると批判者の意見に引きずられて、意思決定を謝ってしまうのだ。」

◆ 目的を常に共有
「目的を共有することは、活動が目的からブレないためにも重要となる。これは当たり前のことだが、実際にそれを徹底できることは稀と言っていい。」

◆ クジラより小魚の群れになろう
「クジラは巨大な図体ゆえに容易に方向転換することはできない。しかし小魚の群れなら、一瞬で方向を変えられる。僕らは一人ひとりは小さな魚でも、群れをなすことで、クジラに匹敵する機能を備えることができる。しかも、刻々と変化する被災地においては、魚の群れのようにときにまとまり、ときには細かく分散して、融通無碍に対応できるほうが、機能するのだ。」
※ まさにスイミー!わたしも昨年の春に「今こそわたしたちはスイミーの群れに!」と思い、その思いを込めてツイッターのアイコンをスイミーにしたのでした(思いっきし余談)。


2012/03/19

「人を助けるすんごい仕組み」

311 の国会包囲のヒューマンチェーンの抗議行動の帰りに、一冊の本を購入しました。ものすごく疲れていたのだけど、この日に買わなければならないと、ぐったりした体にムチ打ちつつ本屋へ。

「ふんばろう東日本支援プロジェクト」という全ボランティア(組織という組織はない有志の集まり)の被災地支援のプロジェクトについて、その代表である西條剛央さん(早稲田大学大学院 MBA 専任講師)が書かれた
というノンフィクション本。311 の数日前にとあるビジネスの行動心理学関係のメールマガジンで紹介されていたのに遭遇して、強く引きこまれました。糸井重里さんの帯のコメントの通り、震災の状況だけでなくあらゆる仕事の場で、間違いなく役に立つ本です。わたしが読まなければと思い立ったのは、先日も書いたように福島・原発・放射能の問題は日々考えてきたけれど、津波被災地のことはよく知らないと気づき、知りたいと思ったことと、上記のメルマガ内での内容の紹介で「凄まじい被災地の描写に対して、いちいち感傷に浸っていられないほどのものすごい「行動の集積」によって不可能そうなことを可能にしていく」という一行に、詳細をとても知りたくなったからです。わたし自身も感じていた、行政の危機対応のスピード感のなさや、団体・組織が大きくなればなるほど遅くなる決断や動き。それらの対極で、動きの鈍い行政や団体をすっとばして支援者と被支援者を直接つないで成功したというアクション。最近、西條さんはこの迅速で効果的なプロジェクトの結果を評価されて、日本赤十字社に助言を行う立場に。

その、本を紹介されたメルマガの中での「世の中のほとんどの "言い訳がついつい口から出てしまう人" はヒマなのだ(略)ヒマだから決定しないという決断をくだし、面倒なことは先送りにして、後から指摘されると無意識のうちに言い訳をする」という一文も「あ、自分やん」ということでギクっとしました。そして「本書で紹介される、プロジェクトに関わる人たちに、誰一人としてヒマな人はでてきません」と。(偶然出会ったこのメルマガ(上記リンク)も結構必読なのでご一読ください)

この本は 311 のあの日からはじまり、仙台で叔父さんを亡くされた著者が南三陸町に行き、プロジェクトを立ち上げていく過程を描きながら、有事にこそ有効な「構造構成主義」の考え方がポイントとして出てきます。カタそうですが、その時々の「状況」「目的」を把握し、それに合わせて方法論を決めるということ(聞いた感じ当たり前の)、それをしっかり行うだけ。いろんなことに通じると思うのだけど、目的って段々ブレていくんですよね(だから確認は大事)。こういったヒントや、昨今のソーシャルネットワークを使って具体的に人々が繋がっていった/繋げていった支援の "すんごい" プロセス("すんごい" ってホント糸井さんぽいなぁ)。一気に点が線となった、プロジェクトに関わった本当に多くの人たち。そして津波の爪痕、メディアが伝えなかったリアルな惨状、奪われかけたいのち、奪われたいのち、それを乗り越えて強く生きている方々の暮らし、気持ちが出てきます。そしてずっと原発のことはずっと出てこないのですが、最後の最後に【原発問題の解き方と答え】という項があり「原発は是か非か」ではなく、双方の関心を織り込む形で「原発をなくしても問題が生じないようにするには、どのようにすればいいか?といった形に問い方を根本的に変えるという点が重要、などと述べられていて、そののちに、様々な現実的な状況を鑑みて、原発に頼らない社会へ進むべきと(というか「答えは出てしまった」と)書かれていました。また「個々人レベルでは誰もがおかしいと思っているのに、一部の利権などから社会や組織全体は反対方向に進んでしまうという現象は、組織が死に至る病」だと。これを聞くとまた戦時中の日本政府とかぶるなぁ。

驚く数のプロジェクトを行われた西條さんが、最後に「特別なことは必要ない。本当は絶対によくないと思っていることはせず、こうすれば社会はよくなるのにと思っていることをするだけで、僕らは確実に幸せな社会に近づいていくことができる」/「一人ひとりの力が合わさることで、世の中は変えられるんだということを広めていきたい。それが子どもたちのための未来をつくる、僕らの役目だと思っている」と言われると、エネルギーをもらえます。

この本の印税は全額復興支援へ使われるそうです。今一番おすすめの本です。

(本のページの端っこを沢山折りすぎてしまったために、かさが増えてしまった・・・。忘れたくないセンテンスを書き出しておきたいのだけど、毎回「一回の投稿長すぎ」というクレームもある(?)ので、それは次回に。)

ふんばろう東日本プロジェクト "誰でもできる復興支援はここにある" は継続中です。

【 3/19 追記 】この本を読んだ理由のひとつに、津波被災地のことをもう少し知りたいというのがありました。その点でも、この本から知ったことは多かったのですが、先日「母を捜して -陸前高田から - 」というとあるカメラマンさんの実話を記録したサイトを見つけ、そこでも津波で家族を失った方々のリアルな日常が綴られていて衝撃を受けました。ここに共有したいと思います。綴られているショッキングな出来事が彼だけでなく何千という方々に同時に起こったということが、いまだにうまく想像できません。ただ、知ることはできるから。