自分はお世話になったことはないけれど、空港で "lost and found" を見かけるたびに、英語ってシンプルだなと頷いてしまう。「遺失物取扱所」と言われるよりなんだか lost and found だと、なくしちゃったけど見つかる感じもしませんか。

人間は忘却の生き物です。忘れないと新しいことを覚えられないという許容量の問題だけでなく、意図して忘れ去りたいことも多い。忘れたくない、忘れてはいけないこともたくさんある。ここは忘れっぽい自身の日々の「公共備忘録」です。また、立ち寄ってくれた方たちがここで何か発見をして、喜んだり怒ったり哀しんだり笑ったりしてもらえれば幸いです。

《 NOTICE 》ちなみに今はもっぱら脱原発ブログとして展開中であります

home

ラベル scotland の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル scotland の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012/09/26

移住小咄2・ダウンシフトの好機

夫は日本の人ではないので、いつかは日本を出るつもりでいました。国をまたいだ引っ越しが人生の中で何度か起こるであろうことは、外国人をパートナーに選んだ時点でくっついて来た必然です。こんな前代未聞の災害に襲われた今じゃなかったら一体いつなんだ?というのもあったし、丁度うちの子が日本の小学校にあたる primary school 入学の時期だというのもあり、この夏のタイミングとなりました。あと、自分も夫も仕事面で環境を変えるチャレンジがステップアップ/キャリアへの刺激になるのではないかという考えもあったし、(夫にとっては母国だけど)わたしが今度は外国人になる側で、そういう試練(?)も自身の成長のためかなと(ちなみに「外国人」という点では、移住者がレアではない UK と違って、日本で外国人として暮らす方が厳しかったはず)・・・ということで、震災が大きな理由ではあるけれど、それだけに押されたわけではありません。そう決めつけたくない部分もあるからかもしれないけれど。すべてはタイミング。好機に結びつけられるものは、すべてする!

バタバタで自分のビザの手配や引っ越しの準備をはじめ、家を出る1分までパッキングをしていたようなカオス状態で飛び出たのですが、いざリビングを出て荷物を手にして玄関に向かうとき、住み慣れた家を見回して家族全員で抱き合って泣きました。別に強制移住させられるわけじゃなくて自分たちの選択なのに、やはり人とも、物質とも、場所とも、別れというのは悲しさを伴うものでした。大好きな家と街でした。ここでもまた、長年暮らした場所を突然奪われて戻ることもできないという福島や被災された方々の苦悩を想像し、この自分の比ではないと胸が苦しくなりました。ふたたび、腹もたちました。原発、ぜったいなくしてやる!(← 必ずここに着地)。

何かを掴んだグーの手のまま、新たに何かを掴めないように、大小はあっても必ず何かを手放して失わなければ、新しいものは手に入らないんだなと改めて思いました。

こっちにきてから、もうすぐ2カ月が経とうとしているのですが、物理的にというより精神的に落ち着くまで時間がかかりました(かかっています)。他の国で暮らすのは初めてのことではないし、10年ほど前から一時的にこちらにも何度も来ていたのだけど、その時よりもやはり生活の軸を移す大きな移動だったので、今までに感じたことのない小さな不安や不満がひと月ほどうずいていました。日本にはもう二度と戻らないのかなぁと考え込んでみたり、生活の中の些細な不便さを不満に思ったり。

福島第一原発が爆発した直後の昨年3月半ばに、ひと月こっちに来ていたときも感じた「(自分だけ安全圏に逃げてきた)後ろめたさ」のような気持ち、今回の移住でも少し感じています。誰にも責められていないのに、なんなんだろ。その自分の気持ちを打ち消すべく、そしてやっぱり自分の母国が健全であってほしい、子どもにも日本のことを忘れて欲しくないしアイデンティティを保っていてほしい、いつか戻れることがあれば懸念なく戻ることのできる場所であるように・・・と思うので、原発の問題の解決にこちらからできることをしていこうと思っています。

それともう1つ、意識していきたいのは生活のダウンシフト*です。日本でも個人の生活のダウンシフトはできたはずなので、そのために環境(国)を変えるなんぞ贅沢な話なのだけど、こちらでの生活の方が断然そうしやすい気がします。ダウンシフターとなることは、震災後、日本人の多くがひっかかった「これから生活を少し変えていかなければならないのでは」という漠然とした感情の具体的な出口だと思っています。これまで「便利さ/快適さ」の追求=豊かさであったのが、震災で人間の命や暮らしの中の物質を突然喪失する体験や、エネルギー問題への注目を機に、ずっと当たり前のように掲げられて来た「経済成長」に疑問符がつきました。いつまで経済は成長しなければいけないのか。いつまで電気を湯水のように使いつづけるのか。もう実は十分成長しているのでは・・・。【知るを足る】必要以上追い求めずほどほどで満足する、それが新しい時代の豊かさなのだと思います。利便性(例えば交通機関やインターネットの遅さとか些細なこと)を日本と比べてこちらの環境を不満に感じたのは、よいきっかけでした。便利さにおいては他国の水準が低いんじゃなんくて日本が高水準すぎるわけなので、それに甘んじてるとほんと感覚が鈍るので、照準を「ほどほど」に合わせ直して、徐々にダウンシフトをしていこうと(急には難しいだろうから、無理せずゆっくりと)。この個人的な試みの報告もしていければと思います。 

カタい話でなく、単にこちらの暮らしの珍体験(?)や土地の紹介を呑気に綴ることができればいいんだけどな。徐々にそうしたいと思っておるところです。 

【 Word 】ダウンシフター/ダウンシフト:消費を減らし、(たとえ収入が減ったとしても)労働時間を短くして、家族やコミュニティ、環境など、「より大切なこと」に時間をあてて関わることで、生活が充足する。生活のペースを下げて今よりもゆとりのある生活にシフトするという考え方。欧米やオーストラリアなど各国で広がりつつある - 中国は真逆な感じしますが)。世界の中にはもともと急がないのんびり時間の「天然ダウンシフト」な国や島があるから、先進国内でのコンセプトなんでしょね。

2012/09/24

移住小咄1・暮らしとリスク


先月から何ごともなかったかのように脱原発やアクティビズムあれこれしか記してきませんでしたが、8月のあたまに夫の国であるスコットランドへ越してきました(サラっと言ったけどもー!)。以下、このことについて、やっと整理ができる時間が持てたので、自分のきもちのメモとして。

きっと今年は人生の中のひとつの大事な岐路なのだろうと思います。昨年から移住の話はずっとありました(震災と原発事故がほんの昨年だというのが信じられないくらい、数年前な感じすらしますが)。周辺の外国人の知人友人の半数以上が昨年のうちに国に帰っていたけれど、わたしたちは「外の要因に迫られて引っ越すのは非常にしゃくである」として、越す時は自分たちのタイミングで越そうと決めました。

越すことにまっすぐ向かい合うまでに時間がかかりました(だから越すと決めてからのひと月半ほどが、すごいスピードで、周囲にご迷惑をおかけしたのだけど)。主に夫の仕事の理由が大きかったけれど、やはり生まれ育って生活を築いてきたところが心地よかったから。そして被災地の方たちと何も被災していない自分を比べて、贅沢だとも思いました - どこか越せる先があるということ。家族や家財が無事で、なにも失っていないということ。福島などから自分の住む町へ「移住」してきた方々もいるということ。

東京が 3/15のプルームで放射能汚染されたというのは事実だし、いまだに汚染地である認識をしています。それでも、そこで遊び場や食品にできるだけ気をつけて気を張って1年半過ごし、今年に入ってからは地震の活動期(関東の地震)や事故前と同じ構え方で運営され続ける原発への危惧も増してきました。これまで調べてきた中で、今後の地震の可能性・想定や汚染の度合いなどを見て、東京はかろうじて暮らすことのできる場所であるという判断をしていましたが、そうするならそれなりの備えと心構え(覚悟)が必須だと思いました。それも結構な間、ゴールがなかなか見えないままで。わたしは(放射能汚染にも地震にも)自分の注意力がおそらく持たずに、年月を経るごとに緩くなっていくだろうと思いました。子どもをその2つのリスクから守り抜くことができるだろうか?というのが一番の問いでした。大人2人だけの生活であれば、移住は考えなかったと思います。

しかし、その今の日本の放射能汚染と地震被害のリスクから遠ざかったとしても、他の場所にも他のリスクがあります。数ヶ月前に、北京で暮らしている知人が2歳の息子くんと東京に一時帰国して「日本の食べ物は安心して食べられる」と言って、向こうに送る用の食品や衛生用品を買い込んでいました(脱線ですが、放射能汚染を受けて諸外国が正式な輸入を禁じている日本の食品は結構あるんですけどね)。国内の放射能汚染のことももちろんよく知っているけれど、北京の大気汚染や農薬まみれの食品に比べたらマシだと。業務用の空気清浄機を4台も家の中に置いて毎日フル稼働させているけれど、数週間でフィルターは真っ黒で、毎晩寝つく頃には家族全員咳が出ると。空が大気汚染で灰色の日が大半なので子どもを外で遊ばせられる日はほとんどなく、室内に大型遊具を置いて遊ばせ、子どものことを考えて年に数回は日本に "保養" に帰っていると聞いたとき「福島じゃないか」と思いました・・・。度合いと種類は違えど、どこにも必ず存在するリスク。もちろんスコットランドも例外ではないと思います。それぞれの国にそれぞれ異なるリスクはあるけれど、内戦にしても、公害にしても、農薬にしても、放射能(原発)にしても、犯罪にしても、人の手によって生じているものです。そうである限り、時間はかかるかもしれないけれど、人の手によって防ぐことができるし、止めたり抑えたりできるものなはず(だから腹もたつ!)。かなわないのは、地震くらいでしょう。

日本で食べ物に気をつけたりすることは日常になっていたので特別なことと思っていなかったのだけど、こちらに来てから、日本では結構なストレスがかかっていたんだなということがわかりました。無意識に産地をチェックしようと食品の裏をくまなく見るクセが抜けなかったり、芝生で子どもがごろんとしたときに一抹の不安がよぎったり、少し家具が揺れたら地震と間違えて身構えたり・・・。ひとまず、これまでの非常事態モードを解除するところから始めないと。落ち着くまでしばらくかかりそうです。

《つづく》