自分はお世話になったことはないけれど、空港で "lost and found" を見かけるたびに、英語ってシンプルだなと頷いてしまう。「遺失物取扱所」と言われるよりなんだか lost and found だと、なくしちゃったけど見つかる感じもしませんか。

人間は忘却の生き物です。忘れないと新しいことを覚えられないという許容量の問題だけでなく、意図して忘れ去りたいことも多い。忘れたくない、忘れてはいけないこともたくさんある。ここは忘れっぽい自身の日々の「公共備忘録」です。また、立ち寄ってくれた方たちがここで何か発見をして、喜んだり怒ったり哀しんだり笑ったりしてもらえれば幸いです。

《 NOTICE 》ちなみに今はもっぱら脱原発ブログとして展開中であります

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2012/09/09

それは、わたしだった

あることについて
いつもなんで誰もそれをやろうとしないんだろう?
と思っていた。
そして、気づいた。
その "誰か" は自分自身なのだと。

というのはどこからか流れ着いてきた格言(言った人不詳)ですが、本当にその通り。すべての大小ある社会の問題の解決に取り組むことはできないけれど、イシューについてはこの世に暮らす各々の役割分担なのかなと思います。

昨年から(厳密には10年前からですが)ゲンパツゲンパツと騒いでいるわたくしですが、他の数多ある世の中の問題たち、時事で言えばオスプレイもシリアも気になりながらもきちんと向き合っていません。その他、小さな自分の身の回りの問題も存在するし、カタいこと抜きの娯楽の時間もあるし、仕事も家庭のケアもある。同様にこの世のわたし以外の人々全員にもそれはあります。寿命に幾分違いはあれど、いっぺんに抱えられる荷物の量はみんな同じだと思います。だからできるところを、できる分ずつ、シェアして取り組めばいいのだけど(理想)。

社会のため、というと大仰だけれど、自分が属する場所や子どもの未来の向上のことです。

先日、市民運動とは無縁の、うちの子の幼稚園のお母さんのひとりから嬉しいメールをもらいました。
「この夏は社会勉強を兼ねて子どもを国会包囲にも連れていきました。私のような事故の前には無関心だった層が意思表示をすることに意味があるように思うので、日常の一つとしてできる行動を続けていこうと思っています。」
まず、これまで声をあげてこなかった人々の意思表示の大切さに触れてくれたことに感涙。プロ市民と呼ばれるような活動する人々の人口はたいして増減ないでしょうが、新規参入の「意思表示するひと」の数がある意味勝負なようなところはあります。そしてもうひとつ、これからの世代への「意思表示の踏襲」です。このママさんはそこまで考えて国会包囲に子どもを連れて行ったのではないと思いますが、わたしは子どもさんの記憶には何かが刻まれたに違いないと思います。デモに子どもを連れて行くのは危険だ(大勢の人でごった返していて危ない/都心の放射線量がそこそこ高いなどなど)といろいろ賛否両論ありますが、わたしは「本物の社会科見学だ!」と言って(あと、帰りにアイス買ってあげる!とかで釣りつつ)デモや抗議に子どもを連れ出していました。何より彼女が大人になったときに、自分に直に関係ないと思われる大きな社会の問題でも(実は必ず関係しているから)全体を思って、声を上げるべきところで意見できるようになってほしいなぁと、いうのがあります。彼女の記憶のどこかに、デモの記憶が少しでも染み込んでいれば、それが当たり前の権利だという考え方をしてくれると思うのです。

昨今のデモなどで、日本で民主主義が最近目覚めてきたというようなことを言われますが、今だけでなくて子ども世代も続けて今沸き上がっている状態を保ってもらわないと、原発問題に関わらず、政治が勝手に動くままに着いていくようでは先行き暗いです。原発の問題も一発で解決して「はい、全基廃炉になりました!勝ちました!」で決着がつくものではなく、長期的にベターになっていくものだし、次々と表れる別の問題を解決しながら進んでいかなければなりません。民主主義も同じで、リペアを繰り返してよりよい状態に保ちながら、つないでいかなければならないものです。行政や企業への監視を怠れば、後退もするでしょう。わたしたちが、望む方向へ進むよう、舵を握るひとたちへしつこく要望をしつづけていかなければ、船はときによからぬ方向へ進みます。幸い、日本では政府に反論したり政治的な運動をしても投獄されたり暗殺されたりしません。そんなえらいことになってしまう国もいまだにあるけれど。

声を少し大きめにあげてみませんか。たくさんの乗員が他にもいるけれど、あなたもわたしもこの大きな船の一員だから。

「最大の悲劇は、悪人の暴力ではなく、善人の沈黙である」- Martin Luther King

2012/08/31

夏の終わりのアクティビズム・レビュー2

アクティビズム・レビュー、つづきです。とりあえずこれを残しておかないと・・・。

7月から今月12日まで、政府は原発比率の選択肢(2030年に原発が 0% or 15% or 20-25% の3択)を提示した日本のエネルギー政策の行方を決めるパブリックコメント(意見公募)を募集していました。パブリックコメント(パブコメ)はこれに限らず、様々な政府の政策について行政によって行われているものですが、「市民の意見を聞きましたよ」というアリバイづくりで終わることが多く、結局デキレースで結論が決まっていたり。意見公募と言っておきながらPR もせず目立たないところでひっそり募集して終わっていたり。市民側の用意した署名やデモは無視できても、自分たちから意見を求めて公式に集計した結果を無視できないはず。パブコメはこれといってない好機として、脱原発を目指す NGO たちがパブコメの周知と参加を呼びかけるキャンペーンを張りました。ほんとはこのブログでも書いてください!と載せたかったのに・・・今月は波乱だったのでできず(悔)。

結果、集まった意見は約9万件(政府のとりまとめ結果PDF)。パブコメにおいても、同時に各地で行われた意見聴取会でも、0% を求める声が大半でした。原発国民投票の 32万筆というのもあるし、さようなら原発の1000万人署名でも780万筆、また、世論調査でも市民の7割が脱原発を求めているという結果もあります。これでもまだ政府は原発の温存と継続の余地のある 15% 以上の案を出し、真ん中の 15%案を落としどころにしようという画策は明らかでしたが、予想を超える圧倒的な 0%指示に、政府も若干ではありますが動き始めました。

しかし腹が立つのは、先日パブコメの内容を検証するための会合(なんだよそれは)が開かれ、政府側が望まない予想外の結果に「パブコメは意見の強い人が出すため偏る傾向」「若年層は 20-25%指示が多いからもっと調べないと」「多数派の意見とは違う選択をするという余地を政治は持たねば」みたいな子どもみたいなこと言い出しちゃったので、さあたいへん(選挙のあとに望まない結果なら「この選挙は民意を反映してない」とか言うのか!というツイートもありましたが・・・ほんと、何のための「意見公募」だったのか呆れますな)この先どういう位置づけにされるのかわかりませんが、原発の即時ゼロを求めた人々は激しい怒りで鬼のようになっています(少なくともわたしは)。

原子力ムラの面々が明らかに大半を占める原子力規制委員会の公正を欠く人事問題などなど、絶え間なく燃料(=反原発運動の原動力となる怒れるニュース)は耐えません。

【 9/6 追記 】
      規制委員会人事、国会素通り(東京新聞)
・さらなる怒りの燃料・其の一:
つまり、再処理の建前は原発を続けるための方便だった(ウソ1)+燃料として核のゴミの一部を再利用するための再処理ですが、その「再利用(核燃サイクル)」も実は不可能なんだよね(ウソ2)・・・。
・さらなる怒りの燃料・其の二:
・さらなる怒りの燃料・其の三(トドメ):
事故前には「活断層の真上に原子炉を建ててはならない」基準だったのが、あの大事故の後の今「原発直下でもズレの量が小さければ運転継続可能」と。え、断層ズレた地震のあとに、ズレの大小や原子炉への影響がわかるんじゃないんすか?(子どもでも突っ込める矛盾)。
そして家庭用の電気料金は上がっても東電では冬のボーナスが出ると。壊滅的震災と原発メルトダウンのほんの翌年に、20億円はたいて島買っちゃおうかなぁとほざく、この国。はぁ、もう血圧上昇しきって針振り切れてるんすけど・・・。

2012/08/30

夏の終わりのアクティビズム・レビュー1

パタリと更新が途絶えて放置されたブログをよく見かけますが、自分のが早々とそうなるとは思わなんだ。いやはや。 更新をしない間、脱原発の運動にも、個人的な環境にも大きな動きがありました。

8月も終わり。小中学生なら宿題に追われているのかな。 わたしも長い期間の宿題の提出として、誰のためにってわけでもなく、国内のアクティビズムのまとめをしたいと思います。個人的なご報告は後回しです。

5月から今現在にかけて、首相官邸前でほぼ毎週金曜日に行われている原発反対の抗議。テレビでも「普通のひとたちが仕事帰りに立ち寄る」抗議行動としてやっと報じられ(フツウの人というのは活動家ではないんかい・・・アクティビストも普通の人間なんだけど)、反対運動に関わられていない方も耳にされたことがあると思います。当初数十人の規模が、週を追うごとに Twitter などを通じて参加者が増え続け、6月下旬には数万人(主催者発表10万人)の規模になり、ヘリも上空を飛び回りました。わたしが行き始めたのは5月下旬頃だったと思いますが、数十人、数百人の参加者から徐々に増え、抗議が熱を帯びていく様子は身をもって感じてきました。国民の大多数の反対をよそに大飯原発が再稼働されてしまった7月頭を過ぎても、抗議は止むことなく続き、政府の判断にさらに怒りが大きくなって、勢いは衰えるどころか膨らみ続けています。

 6/29 官邸前に溢れる抗議参加者
(上:(c)任田辰平さん、下:(c)野田雅也さん)

ほんと、遅ればせながら知らない方ために(また記録のために)説明すると、この抗議行動は警察に事前申請をしてルートを練り歩くデモやパレードとは違い、首相官邸前という公道にただ集い、おうちの中にいるであろう(いなくたって)野田首相に向かってひたすら「再稼働反対」一点の抗議/要望/非難の声を投げるシンプルかつ強力なプロテストです。集うだけなので、その場に立ち、歩くこともありません。門前は「スピーチエリア」と呼ばれ、集った人たち各々(物申したい有志)がマイクを使って短いスピーチやコールをし、それをひたすらつないでいくものです。福島から故郷を追われた方々からの叫びもよく聞きます。首相官邸「前」は限られたスペースとなるので、もちろんそこを先頭に長い列が道なりに延々と続くわけです。後ろに並ぶ人たちもそのブロックごとにリードしてコール(「再稼働反対!」)するひとなどに続いて声をあげます。特にルールはありません。警察も警備にもちろん大量に出ていて、主催の交通整理担当さんたちといっしょに一応公道として機能できるように人が通行できるスペースを開けるよう努めていましたが、数万人の規模になったときは車道の一部が解放されました。そのときは国会議事堂駅からは列の最後尾に行けず、溜池山王や周辺駅から列に入りました。最近ではタクシーで首相官邸前に乗り付けるひとも多い模様。チャリで乗り付けるチャリデモも。地方から団体で乗り付けるバスも。

子連れでデモや抗議活動に行くことに危険だなんだと非難の声も耳にすることがありましたが、なによりの社会科見学と思い、わたしは子連れで何度も足を運びました。このデモンストレーションの特徴として、2時間限定(午後6時から8時)という淡白さがあります。一時期規模が最大になったときには全共闘のおもひでとともにいまだ生きている方々には物足りないようで、暴れたがっているおっさんらもいて一時期そのやり方に対してひと悶着ありましたが、いまは概ね理解が進んでいるようです(過去のポシャりからいまだ学んでいない自己満足な方々に主催の方々も凹んでましたが・・・そういう一部の輩の愚行から過激でネガティブなイメージがつき、活動の継続や広がりが妨げられるようなことが起こる前に撤収しているわけで)。2時間限定、会社帰りに立ち寄れて(わたしはわざわざ上り電車に乗って行ってましたが)切り上げた帰りに一杯ひっかけて帰ることだってできる軽さ。しかし自由に各所から集った各々が、ひたすら熱く、あるものは叫び、あるものはただそこに無言で立つ。その2時間をひたすら毎週継続して訴えるというスタイル。出入りも自由なので、わたしは子連れ参加の時には30分参加して早々に帰ることもありました。この極めて新しいスタイルが継続を支えているわけです。いまでは子連れ専用ファミリーブロック(エリア)もできているとか。結構ハードコアな抗議なのにそこで冷水まで配布されているという気の遣いよう。こういった様々な配慮や、どう一般的に「見られているか」を気にして、引かれないように、普通の人々に入ってもらえるかたちを常に意識していた、運動にどっぷり使っていなかった比較的新しいプロテスターからなる(この抗議の主催である)「首都圏反原発連合」にしかできなかったことだと思います。特定の団体や組織のカラーもない、個人の怒りを束ねる透明な器になろうとしていた点が、過去のセクト的な運動との大きな違いのひとつです。 この梅雨時に大きくなったアクションはネット上で「紫陽花革命」とも呼ばれていました。

この首相官邸前抗議が、ここ数ヶ月の脱原発プロテストにおいて記しておくべき重要なアクションに違いありません。極めつけはこの「首都圏反原発連合」(各地でそれぞれデモを行っているグループの集まり)の代表たちが、今月22日に、首相との面会を果たしました。首相へ直接、面と向かって抗議の声をぶつける機会にまで繋げたのです。バリケードを壊して警官隊と揉み合いながらの突入ではなく、非暴力抗議を貫いて、オフィシャルに堂々と官邸内へ突入したわけです。原発反対の市民の声の膨らみと持続は、これまで無視していた首相も議員も官僚もメディアも無視できない規模となりました。明らかにこれまでの一部のプロ市民の声ではない。わたしはこれまで生きてきて、ここまでガツンと「継続は力なり」の事例を突きつけられたことはありません。これからは子どもに「これやってて意味あんの?」的なことを言われたら「反原連の例を見なさいよ」と返しましょう。

歴史的アクション、毎週金曜日の首相官邸前抗議は今でも続行中。行かれたことのない方は、ぜひ一度5分でもいいので立ち寄ってみてください。本当の民主主義のために、拳をつきあげるエネルギーを肌で感じてみてください。一部になってみてください。若い方なら特に。

2012/05/07

Fair Trade, Fair Energy!

昨日につづき、もうひとつ、Tシャツのお知らせ。

先日、フェアトレードPeople Tree と国際環境 NGO のグリーンピースのコラボ Tシャツをデザインさせてもらいました。ただ今発売中です!

この企画は、People Tree がグリーンピースが提唱する「自然エネルギー革命シナリオ」に賛同して実現したもの。自然エネルギーへのシフトと節電などのエネルギー効率化によって、原発を止めても電力をまかなうことが可能な社会にしようと呼びかけるための 2つのメッセージ "Fair Trade, Fair Energy" / "Nuclear Free Japan" がついたオーガニックコットンTシャツです。原発のように一部の地域(の人々の生活と労働環境)に危険を押しつけない自然エネルギーは、公平なエネルギーといえます。地球環境にとっても負荷が少なく、そういった意味で次世代と今のわたしたちの関係性を考えても、サステナブル(持続可能)な自然エネルギーは Fair Energy! (オレンジの方:風車と手紡ぎの糸車(フェアトレードの象徴ともいえるカディ)のモチーフ)。もうひとつ、グリーンの Nuclear Free Japan の方はまさに2日前に達成した、原発依存からの脱却(解放)、原発ゼロになったぜ日本!!そしてそれはわたしたちの手によって達成されたものだぞ!ということで、みんなでコンセント引っこ抜くの図。描いたあとに、「あ、これ日本列島の形になってるな・・・しかも(最後に止まった)泊原発のある北海道部分にコンセントの穴がっ!」という衝撃の偶然!これはもう最初からそう意図してたんですよ、と言っちゃうしかない。と・・・そんな感じでできております。

この Tシャツ(ユニセックス XS 〜 L サイズ)は 5月12日の世界フェアトレードデーを中心に今月のフェアトレード月間中、販売されます(ご購入はこちらから ☞ People Tree オンラインショップ:グリーン Nuclear Free Japanオレンジ Fair Trade, Fair Energy 、または直営店でも)。価格は 1500円で、インドのオーガニックコットン 100% 。耳の不自由な女性や貧困家庭の女性に雇用を提供しているフェアトレード生産者団体「アシシ・ガーメンツ」で縫製されたものです。

フェアトレードは衣料や雑貨などの工芸品だけでなく食品などでも徐々に一般的になってきましたが、People Tree は国内でフェアトレードの先がけともいえる存在(日本だけでなく UK でも展開)で、クオリティだけでなくファッションとしてのデザインも優れているので、10年ほど前から好んでよく購入していました。以前オーガニックコットンの赤ちゃん用ビブのデザインコンペでも最終選考に選んでいただいたり、以前からもろもろつながりがあったので、今回のご縁は嬉しい限りでした。

ちなみにですが、密かに(って言っちゃったらもう密かでないんだけど)Nuclear Free Japan の「ひとびとの手」はベン・シャーンへのオマージュです。わたくしなんぞが僭越ながら。水爆実験で被曝した第五福竜丸についての絵本「ここが家だ」の挿絵で有名なベン・シャーン。今年のはじめに神奈川県立近代美術館で大規模な回顧展「ベン・シャーン/クロスメディア・アーティスト」があり、見てきました(このこともずっと書きたかったのだけど書けずに5月だよ。近いうちにまとめたい・・・)。社会問題を提起する作品をつくり続け「社会派リアリズムの画家」と呼ばれた彼の描く「手」。それは人々のプロテストの象徴としての力強さだったり、人間の弱さだったり、理不尽な世界への怒りや哀しみだったり、人への優しさだったりします。今回の、コンセントを引き抜く手たちには、そこまでの感情は含められなかったけれど、とにかくみんなで原子力の電気との決別を果たした(果たす)のだということが表現できればと思いました。
(ベン・シャーンの「手」たち)

関連リンク:
(グリーンピース・ジャパンのプレスリリース)

原発ゼロの日がきた

昨晩(5月5日)夜11時過ぎに北海道の泊原発3号基が定期検査のために停止し、国内で稼働している原発はひとつもなくなりました。ひとまず祝。

昨日は、5.5原発ゼロ「さようなら原発1000万人アクション」の集会とパレードが芝公園であり、約5000人が集まりました(参考:ワシントンポストが報じた写真)。行きたかったけれど、あまりの青空と暖かい日差しの晴天に、洗濯物をしてまったりしていたらあっという間にお昼過ぎ。子どもの日だけに、今日は子どもとゆっくりのんびり過ごすのもいいか(「原発ゼロかぁ」としみじみ味わいながら!)と思い、サンドイッチをつくって近くの公園へ。若葉やありんこを眺めたり、なんとも平和な午後を満喫してみました。泊原発が止まる夜中に向けてのカウントダウンパーティーも夕方に都内でいくつか行われていたようで、これも気になっていたのだけど、公園の帰りにコンビニで東京新聞*を買って家路に。(*昨年半ば頃から東京新聞は脱原発支持に論調を固め、一貫して真っ当な記事を書いてくれています。対して朝日と毎日はどっちつかずだけれどまだよい方で、産経、日経、読売は原発推進にもなれない "対抗馬としての役割を果たすべく「反・反原発と構える俺ら」アピール記事" みたいな・・・稚拙すぎてよくわかりません。)


この記念すべき東京新聞をじっくり読んだあとは(昨日宣言したとおり)これで「原発ゼロかぶと」を折ってみた。これを持っていざ、今日は脱原発杉並の原発ゼロ祝賀デモへ。

しかしながら、有象無象のマーチングバンドとピエロが躍り出たデモ出発のそのときに、天気が一転!大粒のスコールのような雨が振り出し、かぶとは一気にヨレヨレに(しょぼーん)。雨具もなく(あっても雨具が役立たないほどの雨だったけど)濡れた肩から寒さがじわじわと・・・それでも雨宿りを繰り返しながら、子どもをひっぱりつつ雨の弱まった間に歩きました。一時、ゲリラ豪雨みたいな数分があったかと思うと、小指の先ほどのひょうが地面や壁を叩きつけ始め「ここは一体どこなん?!」。ある意味、思い出深いデモにはなったけども。(ちなみに、都内では小さなひょうでしたが、今日竜巻の被害もあった茨城の方ではゴルフボール大のひょうが降ったとか。天変地異な感じですね・・・原発止まったから?)

さてさて。電気足りなくなるぞ!の電力会社側の言い値(ウソ)での脅しや、経済停滞すんぞ!の柔軟性のない保守な価値観(解決策の前に「ただ今まで通り」を保持したい or 利権)や、停電して自宅で医療機器使ってる方たちが死ぬぞ!の極論(これまた解決策を「原発を動かす」のみに設定して)などなど、どーしても再稼働させたい派は一旦ちょっと置いといて。この原発ゼロの祝賀に対して、原発は予定通りただ定期検査で止まったんだ(おまえらが止めたんじゃない)とか、止まったって危険性は変わらないだろうとか、言う方たちもいます。そう、原発が止まったのは自らのトラブル、事故や、定期検査によるものです。だけども、その検査が終わってすぐに動かされようとしていた炉もありましたが、「安全性を懸念する声」によって流れました。何を隠そう、その声は、それを阻止した圧力は、わたしたち市民によるものです。311以降の14ヶ月間、止むことなく日本全国のどこかで毎週行われていたデモや抗議行動によるものだと、わたしは思います。

再稼働をすすめる動きはこれからが本格化していきます。わたしたちも気を緩めてはいません。決意を新たに。日本中(ついには世界中)の原発が、一時的にでなく永遠にゼロになる日を目指して。「子どもの日」は、子どもたちのために大人たちが何ができるかを考える日なのかもしれません。少なくとも、今年の子どもの日はそうだったかな(だといいな)。

*おまけ* この記念日にと、Tシャツをつくって子どもにプレゼントしました(脱原発 no nukes 仕様パタゴニア風)。さっそく雨でびしょ濡れになっちゃったけどね。
原画 ↓
【 5/8 追記 】
龍やら巨大グリーン鯉のぼりやら、有象無象いろいろ入り乱れてました。杉並デモの写真(1)写真ルポ【祝!原発ゼロ 脱原発杉並+原発やめろデモ】(2)脱原発スモールアクション)。

2012/05/02

原発ゼロの日がくる

先週の日曜日、4/29 に 反原発 twitter デモがいつもの渋谷であり、子どもと行きました。何回目のデモだったのだろう。もう忘れちゃったな。twitter デモはその日で一周年だったようで、もんじゅくんも飛び入り参加して(!)1000人超。いつものように、ただただ一心に「原発いらない/やめよう」とコールをあげる強さのあるデモでした。それに加えて「あと1基!(で国内の稼働原発ゼロ)」のコールも。この、あと数日で稼働原発がゼロになるというタイミングもあってか(プラス、twitter デモがこれから少しだけお休みになるというような話もちらっと聞いたのでそれもあるのか)いつも以上にスピリットの感じられる、響くデモだったように思います。うちの子もなんだかいつもにないほど声を張りあげていました・・・「さいかど〜う はんたいっ」。

( ↓ あ、これ、もんじゅくん。大人気。)

5月5日のこどもの日に、北海道の泊原発3号基が定期検査で停止し、国内 50基(54基でしたが福島の4基が正式に廃炉となったため)すべての原発が止まります。ゼロにならなくても、1基しか動いていない今現在でも、原発がなくても電気が足りてしまっていることは明らかになっているわけですが、それが決定的になります。実に 46年ぶりに、日本でひとつも原発が動いていない日が来ます。46年間も原発漬けだった、わたしたち。国内外にあれだけの犠牲を出した(出している)世界的な大事故にならなければ、止められることができなかった原発。本当は 1999年の東海村JCO臨界事故でだって脱原発に舵を切ってもいいくらいの凄惨な事故だったし、その前後にもたくさん中小の事故がコンスタントにあってそれを電力会社が隠蔽していたことだって報道されていたのに、忘れたり見過ごして追求を放棄してきた大人たち・・・。象徴的に、未来を担う子どもたちのための「こどもの日」に、原発がゼロになります。その脱原発に象徴的な日となることを避けようと、先月福井県の大飯原発の再稼働が拙速に粛々と進められていましたが、市民の猛抗議もあり、5月5日前に押し通されることはありませんでした(時期がズレただけで、まだ油断はまったくならないのだけど)。

そう、一時的に一度ゼロとなっても安全を軽視した "再稼働ありき" の再稼働の強行は今後もあるわけで、まだゴールも遠いのですが、一回祝っとこ!もう再稼働なんて言わせないくらい大げさに祝っとこ!みんなに原発ゼロを知らしめよう!という「祝!原発ゼロ パレード」が 5月6日に杉並であります。前回 2月のデモも、有象無象と名乗るだけあって、カオスとはじけ方が尋常でなかった杉並デモ。期待できそうです。
「この 1年間、怒りに満ちたデモがたくさんあった。政府や電力会社に要求を突きつける抗議行動もたくさんあった。このすがすがしい原発ゼロ!を、そんな数多くのデモや行動も成果とみなしてもいいんじゃないか。その喜びをみんなでいっしょに歩いて分かち合いたい -(略)全50基を廃炉に追い込むまで、しぶとく、しつこく訴え続けていかなければなりません。この喜びの日は、新たな決意の日でもあるのです。」(脱原発杉並デモ呼びかけ文より)
合意!さすがわたしが10年住んだ第二の故郷(勝手に)杉並やね。さすが民権運動盛んなリベラル中央線カルチャー。すてき。わたしは好きです(断言)。行きます。

5月5日の当日にも「さようなら原発 1000万人アクション」の方でイベントとパレードがあります。こちらは芝公園から。こどもの日ということで、緑の鯉のぼりがモチーフ/デモに持っていくアイテムのひとつになっています。これもよいのだけど、個人的に考えたのは「脱原発かぶと」はどうかなと。あの、新聞で折る大型かぶと。脱原発の論調の東京新聞でゼヒ折るべし。

ちなみに、先日の twitter デモの前に(同日に同じ代々木エリアで)レインボープライド(LGBTパレード)があってそれにもサポートのために(見学だけだけど)出向きました。少し小規模だった気がするけど盛り上がってた!そこで勢いもらって次のデモへ。うちの子はたぶんサーカスか何かだと思ってたかも・・・連れ回してしまいましたが、ま、この日は多様性と市民運動の社会勉強ということで。さすがにデモはしごは夜には母子ともにぐったりでした。よく歩いた!

さ、5日まで、カウントダウンです。

2012/04/18

本の挿絵をかきました

原発再稼働あれこれも書きたいのですが、今日はめずらしく仕事の PR です。脱原発関連でつながった合同出版の編集者の方から、昨年の暮れに本の挿絵のお仕事の依頼を受けました。自分はちょこっとしたものなら描くけれどイラストレーターではないので、少し戸惑ったのですが・・・必死こいてやりました。その本が先日発売されたので、紹介させてください。(注:表紙は装幀をされた別の方が描かれたものです)

 移住労働者と連帯する全国ネットワーク(編)
移住者というのは当然ながら、日本で暮らす外国人のことです。帯とカバーには「いま、日本には多くの移住者が、さまざまな形で暮らしています。しかしその姿は、日本人=マジョリティの側からは、あまり見えないかもしれません。しかしそれは、実際には「見ようとしていない」だけかもしれません。(略)私たちの「見ようとしていない」姿勢が、日本で日常を送っている移住者にとって生きにくい社会をつくっているのではないか。」「(略)この本を読めば、移住者の人たちが日本で暮らしていて何が問題なのかを知れ、どうすればもっと魅力にあふれた移民社会にできるかがよくわかります。」とあります。ここは日本なんだから文句言わんと生きにくけりゃ自分の国帰れや!とちょっとイデオロギーのあるおじさまにすごまれるかもしれませんが、日本の経済の一部は外国人労働者に支えられていて、ごそっと帰国されるようなことがあれば困るほど彼らがその一端を担っていることは事実。そのことがなくったって、国籍が違えども同じ人間なのに、差別意識のようなものが潜在的に日本人の中に多くあるのは、国々が地続きで移民の行き来が多かったヨーロッパなどに比べて日本が島国であることに関連しているのかもしれません。ともあれ、日本は間違いなく多民族社会になりつつあり、今さら鎖国時代には戻れないわけですから、未来のためにきちんと向き合わなければならないトピックです。

自分自身も夫が外国人なので、日本は外国人が暮らしにくい国であること(家族が日本人でなければさらに厳しいであろうこと)を知っていたつもりでしたが、この本を通して、知らなかった知るべき(とわたしは思う)現実や課題を多く知りました。とても充実した内容です。

:: :目次 :::
第1章 日本社会で生きる移住者の現実
第2章 日本社会のなかで「移民」はどう変わったか
第3章 移住者の悩みと願い
第4章 移住社会をつくるためのしくみ
第5章 移住者と一緒に理解し、行動してみよう

書店などで見かけましたら、内容ともどもゼヒ目を通してみてください!

ちなみにこの "30の方法" は社会を変える本としてシリーズになっていて、他に「世界から貧しさをなくす 30の方法」「戦争をしなくてすむ世界をつくる 30の方法」「人権で世界を変える 30の方法」「おカネで世界を変える 30の方法」などがあり、難しいと思われがちなテーマをくだいて優しく解説してくれています。また、今このタイミングで(同じく合同出版さんから)発売されている「原発を再稼働させてはいけない4つの理由」というブックレットもわかりやすくておすすめです。

イラストの話しに戻りますが、本の挿絵というのは(小説でもこういったノンフィクションのものでも何でもそうだと推測しますが)絵を描くことそのものよりも、内容からどのシーンをピックアップして、具体的になりすぎずに抽象寄りに表現するかがとても難しかったです。「あまりキッチリ描いた絵は、教科書っぽくなるので避けたい」という指示もあり、根がマジメなので(いやいや、ほんとに)キッチリさを崩すべく子どものおえかき帳をガン見する日々・・・締め切り日にはヘロヘロでした・・・。

(以下、挿絵の一部、お披露目デス)